大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和47年(ツ)46号 判決

上告人・被控訴人・被告 中井冨子

訴訟代理人 西田順治

被上告人・控訴人・原告 浦尾政信

訴訟代理人 岩田嘉重郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由第一点について。

取得時効を援用する者に対し時効完成前の権利の帰属を明らかにするよう求めることは、取得時効の制度を無意義ならしめるものであり、また、時効により取得された所有権であつても、本来の権利者に対してのみならず何人に対してもこれを主張することができるものであるから、取得時効を訴訟上援用する場合に、その物が本来訴訟の相手方の所有に属したことを主張立証する必要がないことはいうまでもない。したがつてさらに、互いに土地所有権の帰属を争う訴訟の当事者の一方が取得時効を援用した場合には、本来の所有権が当事者以外の第三者に属していたと認められるときであつても、右援用をした当事者の時効による所有権の取得を認めて、これを判決の基礎とすることは妨げられないものというべきである。もとより、このように解しても、判決の効力は本来の権利者には及ばないから、その権利を害するものではなく、時効取得者が、所有権取得登記を経るためにはさらに本来の権利者に対して請求をする必要があり、あるいは本来の権利者から譲り受けた第三者に対しては所有権取得を対抗しえないという事情は、まつたく別個の問題であつて、そのために訴訟当事者間の紛争解決が無意味となるものでもない(なお、本件において、上告人が被上告人先代の時効による所有権取得につき登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者にあたらないことも明らかである)。そして、この理は、当該土地が公共用物である場合でも、公共用物に取得時効の成立を認めうる後記のような要件が充たされているときには、何ら異なるものではない。したがつて、論旨は採用することができない。

第二点(一)について。

公共用物であつても、長年の間事実上公共の目的に供用されず、公共用物としての形態をまつたく失い、他人の平穏かつ公然の占有が継続している場合には、もはやこれを公共用物として維持すべき理由はなく、すでに黙示の公用廃止の処分があつたものと見なければならない。してみると、昭和四四年五月二二日の最高裁判所判例(民集二三巻九九三頁)が、予定公物について本件と同様の事実関係が長期間継続した事案に対し、現に公共用財産としての使命をはたしているものではなく、依然として私人の占有状態が継続されてきたとして、取得時効の完成を是認した趣旨は、本件にも適用すべきものと解するのが相当である。原判決の認定によれば、本件土地は、本来水路敷に含まれ公共用地に属したものであるが、明治三四年五月四日当時、すでにその形状、規模において現在とほとんど差異がなく、水路敷としての形態を具備していなかつたものであり、その後二〇年間被上告人先代において平穏かつ公然に占有を継続しえたというのであつて、この認定は原判決挙示の証拠に照らして是認することができる。したがつて、本件土地につき被上告人先代の時効取得を認めた原判決には右の法理に照らして所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点(二)について。

原判決は、所論の井戸水の利用および柿の実の採取を例示として掲げて、被上告人先代が本件土地全部を使用占有していた事実を認定した趣旨に解され、右認定は挙示の証拠に照らして肯認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点(三)について。

原判決が被上告人の所有権を確認した土地は、原判決別紙図面に表示のとおり、道路、淵および水路によつて囲まれた範囲として特定されているものと解されるから、その実測地積が被上告人主張のとおりであるか否かを確定しなかつたからといつて、何ら違法とはいえない。論旨は採用することができない。

よつて、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 沢井種雄 裁判官 常安政夫 裁判官 野田宏)

上告代理人西田順治の上告趣旨、理由

上告の趣旨

原判決全部を破棄する旨の判決を求める。

上告理由

第一点、原審判決には法の解釈適用を誤つた違法がある。

原審判決は理由第五項に於て本件土地が公共用地に属したものであると認めた上被上告人先代浦尾宇吉に於て二〇年の時効により本件土地所有権を取得したものと認定している。

然し乍ら右認定は取得時効の解釈適用を誤つた違法があり、破毀を免れない。本件土地が公共用地に属していたものと、原審が認定する限り、その所有権者は確定している筈である。この場合公共用地の所有権者を相手として時効取得を主張するならば、ともかく右所有権者を相手とせず他人(第三者)同志である、上告人被上告人両名が互に本件土地の所有権を主張し合つている場合、その何れか一方(本件に於ては被上告人)に公共用地たる本件土地についての時効取得を認定することは民事訴訟法の法則に違反し、無意味且無効の判決であると言わねばならない。(即ち単に認定があつたのみで被上告人は本件土地の移転登記を求めることは出来ず従つて登記なく第三者に対抗し得ないものである。従つて本件土地を含む水路敷の公用廃止後他の第三者に払下げがなされ登記を経由した場合は被上告人の時効取得を以て対抗し得ないことは、勿論である。)

第二点、原審判決は審理不尽理由不備の違法がある。

(一) 原審判決は理由第五項に於て本件土地は水路敷としての形態を具備していないものといわねばならないから民法第一六二条所定の時効取得の対象となり得るものと解するを相当とすると認定している。

公共用地は原則として公用廃止した後でなければ私権の対象となり得ない(従つて時効取得も許されない)ことは判例の屡々示す処であり公共用物の形態が具備されているかいないかの判定については特に周密厳格であるべきに不拘、本件に於ては唯だ慢然と水路敷としての形態を具備していないと認定しているが、右認定は審理不尽と言わねばならない。

即ち水路と水路敷とは同一ではない。

そのことは河川が水路の変更により河川流域としての特質を失つても所轄行政庁が河川区域変更の処分をしない限り私権の目的とすることは出来ず時効により取得することは出来ない。(東京高裁判決)としていると同様水路の変更があつたとしてもそれが水路敷の変更を意味するものではない。本件土地が水路としての形態を具備していないことは明白であるが水路敷としての形態を具備していないと認定することは甚だ疑問である。即ち本件土地の西側には略々同じ面積に近い淵があり、これ等は依然として水路及び水路敷として実在し本件土地が増水等によつて削られて減少し或は土砂の堆積によつて淵が埋まつて増大する等(現に淵の部分は徐々に埋められて居り数年乃至は十数年後には本件土地に附合する可能性は甚だ大である)水路敷としての実態を今尚ほ具備しているに不拘、その形態を具備していないと認定することは審理不尽理由不備の違法があると言わねばならない。(乙第一号証同第四号証と現地を対比すれば本件土地は淵の一部が埋まり堆積したものであることは明瞭である。)

(二) 公共用地の時効取得の要件は私有地と異り特に厳格であらねばならない。

本件に於て原審判決は理由第四項に於て本件土地は水路敷の一部であつて、訴外北尾庄太郎が被上告人先代浦尾宇吉に譲渡した本件地上の柿の木一本、井戸一ケ所は水路敷設定の際何等かの事情で北尾庄太郎が所有することを許されていたものと解するのが相当であると判断しているが右判断には合理的根拠なく独断である。

公共用地は私有地と異り必ずしもその占有管理が充分でないことは公知の事実である。従つて北尾庄太郎に於て本件地上に柿の木一本井戸一ケ所を事実上所有していたとしてもそれが必ずしも何等かの事情で所有を許されていたものと看做すべきでないことは我国古来より里道畔道や道路脇(道路敷内)に種々の樹木が植えられていること多く且又干天旱魃等の際田畑に水を汲み上げる為、水路内や水路敷内に井戸を堀ることが屡々行われていた事実よりすれば特段の事由がない限り所有を許されていたものと解すべきではない。

又事実上所有していたとすれば立木所有として柿の木一本の所有を認定すれば足りることであり敢てその基盤区域たる本件土地の占有まで認定する必要はないのである。

又水路敷内に於ける井戸一ケ所の所有につき物件の所有と観るのは根本的に誤りであり井戸一ケ所の水を汲み上げる権利を有したと考えるのが相当である。

原審判決が理由第五項に於て同第四項北尾庄太郎の右所有の事実と北尾より被上告人先代が旧四三一番外三筆の土地を買取つた時と現在に於てその形状規模が変らない上、柿の木一本井戸一ケ所の存在する事実を以て基盤区域たる本件土地の時効取得を認定したのは審理不尽理由不備の違法があるものと言わねばならない。

(三) 原審判決の時効取得を認めた本件土地の面積は正確ではない。

原審判決表示の本件土地の面積はその北側の里道を含んだ面積であつて正確に表示せられていない違法がある。

仮に公共用地につき時効取得を認定するならばその面積を正確に測量して把握すべきであるに不拘慢然として被上告人主張の面積をそのまま認定することは審理不尽と言わねばならない。

乙第一、二、四号証公図によるも本件土地の北側の通路は里道であることは明白な処よりして時効取得による本件土地に右里道の面積を包含することは許されないものである。

以上理由第一、二点共に何れも判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があり破毀を免れないものと信ずる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例